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2008年01月22日 火曜日

ペニスの太い人は、標準サイズのコンドームは使えない」というのが都市伝説だと主張するd:id:waseda23氏への反論 20:25  「ペニスの太い人は、標準サイズのコンドームは使えない」というのが都市伝説だと主張するd:id:waseda23氏への反論 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク -  「ペニスの太い人は、標準サイズのコンドームは使えない」というのが都市伝説だと主張するd:id:waseda23氏への反論 - 劇場管理人のコメント  「ペニスの太い人は、標準サイズのコンドームは使えない」というのが都市伝説だと主張するd:id:waseda23氏への反論 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

d:id:hashigotanAさんに了承もらってるので… あったことをありのまま話すよという記事に対して、私が以下のようなブクマコメント

これだけでは、ちんちんが太いのか、それとも、まんこが小さいのかは、区別がつかない。チンチンが太い人は、そもそも、標準サイズのコンドームが使えないので、持参してくる。Aさんは持参だったのだろうか?

を付けたところ、

d:id:waseda23氏から、以下のようなidコールが来ました。

fromdusktildawnさんがIDコールされました。

----

id:fromdusktildawn  異常に太くなければ標準サイズでも問題ないですよ あなたのおっしゃる事は都市伝説に近いですよ 「細い」人は標準サイズじゃ無理なんだよね。でも「太い」のは何とかなるんですよこれが。

http://b.hatena.ne.jp/waseda23/20080122#bookmark-7157816


しかし現実には、間違っているのはd:id:waseda23氏の方です。

たとえば、私のペニスは「異常に太い」というほどではないのですが、それでも標準サイズのコンドームではきつくて入りません。最初は、ゴムなんだから伸びるだろうと思って、無理矢理伸ばしてかぶせ、悪戦苦闘のあげく、やっとのことで先っぽだけちょびっと入りましたが、それが限界でした。とてもじゃないけど、ちゃんとかぶせるなんて出来ませんでした。


メーカーにもよるかもしれませんが、コンドームは、ゴムと言われるわりに、意外に伸縮自在でないものがあるのです。*1


最近の日本のコンドームは、薄さを追求するために、普通ゴムでない、特殊な素材を使っているものがあるからかもしれません。

日本のコンドームの薄さは、世界一らしいですから。


なので、それ以来、私は太い人用のコンドームを持参することにしています。

これだと、ぴったりサイズで、快適です。


というか、薬局に行けば、普通に太い人用のコンドームも売られています。

別に、特殊な薬局ではなく、ごく普通薬局でも売っています。


まだセックスしたことのない男性は、あらかじめ薬局コンドームを買って、試着してみることをお勧めします。


私の場合、この試着を怠ったために、最初のセックスで標準サイズのものを使おうとして使えず、かなり困ったことになりました。


追記:

これは、どうもコンドームの素材の種類によるものっぽいです。

伸びる素材のものと伸びない素材のものがあり、ぼくが最初に使った標準サイズのものは、伸びない素材のものだったわけですね。

*1:メーカーによっては伸びるやつもあるかもしれない。

2008年01月09日 水曜日

南京事件に関する劇場管理人の発言についてのFAQおよび謝罪(はてブコメントトラバにまとめて回答します) 05:42 南京事件に関する劇場管理人の発言についてのFAQおよび謝罪(はてブコメントやトラバにまとめて回答します) - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 南京事件に関する劇場管理人の発言についてのFAQおよび謝罪(はてブコメントやトラバにまとめて回答します) - 劇場管理人のコメント 南京事件に関する劇場管理人の発言についてのFAQおよび謝罪(はてブコメントやトラバにまとめて回答します) - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

ブックマークコメントトラックバックがたくさん来ているので、まとめて回答します。

劇場管理人南京事件が「あったかなかったか分からない」と書いているのか?

劇場管理人は、終始一貫して「南京事件は、実際にあったことだと思っている」と書いている。

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080103/1199312777

私個人としては、南京事件は実際にあったことだと思っている

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080104/1199397671

これが、私が「南京事件はあった」=「差分はあった」と考える根拠です。

劇場管理人は「戦争中によくある虐殺・レイプは悪質ではない」と書いているのか?(「差分」の部分以外は問題ではないと書いているのか?)

→ 最初から「虐殺・レイプどんなものであっても悪質である」と書いている。

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080103/1199312777

もちろん、虐殺やレイプどんなものであれすべて悪質だ。

劇場管理人は「虐殺・レイプはおたがいさまだから謝罪は必要ない」と書いているのか?(罪は相殺されると書いているのか?)

→ 相殺はされないので、全ての虐殺・レイプについて謝罪すべきだと書いている。

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080103/1199312777

日本人過去に行った全ての戦争における

「よくある」虐殺・レイプ全てについて、

日本自身が積極的にその事実を認め、各国に謝罪をして

回るべきだと思っている。*1

劇場管理人南京事件専門家に「3分で全て説明しろ」と書いているのか?

→ 3分で全て説明しろと書いたことはない。

「30分で読める資料はどこかにないか?」ということは書いた。

これは、「30分で全てを理解して、あったかなかったかの判断を下す」という意味ではない。

とりあえずは30分で概要をつかんでおき、そのうち機会があったら本を読もうと考えている、という意味だ。


また、「3分で分かる説明に意味はない」という専門家側からの主張に対し、

「3分の説明でも、導入としては意味がある」という主旨の反論は書いた。

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080104/1199438859


南京事件について、一般人に対して啓蒙活動をしたいなら、

「3分のサマリーで読者の注意を引く」

→「30分の概要説明を読んでもらう」

→「3時間かけて新書を読んでもらう」

→ 興味がある人は「のべ3日ぐらいかけて、じっくり調べる」

という段階を踏むのは効果的だと考えたからだ。

実際、3分の商品説明「だけ」で20万円のパソコンの購入の意志決定をする顧客はほとんどいないだろう。

しかしながら、だからと言って、最初の3分の商品説明に意味がないということにはならない。

劇場管理人の犯した罪は何か?

劇場管理人が犯した罪は、「完全に固まっていないと倫理的・社会的・国際的に大問題となる通説を、ろくな知識もないまま再吟味することで、地盤を液状化させる危険性」を引き起こしたことだと考えている。

私が何かを新しく理解しようとするときは、常に、通説の再吟味から始まる。この、私特有の学習プロセスは、私の知る限り、もっとも効率がよく、かつ、深い理解に至る学習方法だと思っていて、せっかくだから、読者とそれを共有したいと考えていた。

実際、今回の件で南京事件に関する理解を深めた人間の数はかなり多いと思う。

しかしながら、そういったメリット以上に、「通説をなんとなく信じていて、とくに疑ってもみない」という大多数の人間が私の記事を読めば、「これは、絶対の通説ではなく、再吟味が必要なものなんだな」という印象を与え、「どっちかはっきりわからないよね」という印象を持つ人を生み、それが南京事件の否定派に有利に働いてしまうというデメリットの方がはるかに大きい。

これについては、十分に意識できていなかったが(訂正した)、結果として「私は素人であり、知識はない」ということを明示することで、そういうデメリットをある程度回避できたのではないかと思う。つまり、専門家南京事件について議論をしているのではなく、あくまで、素人素人理解をしているだけだから、それは歴史家が行う南京事件論争とは別のモノなんだな、というこをとはっきり書いたわけである。

しかしながら、最大の問題は、最後まで記事をきちんとよむ一般人などあまりいないということだ。したがって、そういう人間が、なんとなく記事を斜め読みすれば、たしかに「南京事件はまだ論争中です」という印象を受けかねない。

この点については、たしかに、劇場管理人の罪は深く、迂闊のそしりを免れないと思っている。改めて深く、深くお詫びする。

■その他

これ以外にも、質問があればFAQに追加します。

削除:問題があると指摘された記述については削除しました。

はしごたんへ:ブログだけでなくtwitterもやってみてはどうだろう? 09:44 はしごたんへ:ブログだけでなくtwitterもやってみてはどうだろう? - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - はしごたんへ:ブログだけでなくtwitterもやってみてはどうだろう? - 劇場管理人のコメント はしごたんへ:ブログだけでなくtwitterもやってみてはどうだろう? - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

ブログtwitterの両方をやってみてはどうかと思う。


twitterは、ブログよりもすばやく人々が反応するので、気分が上向きになりやすいから。


twitterは、自分と仲の良い友達だけがわいわいがやがや集まっている雑談ルームみたいなもの。


「起きたよ~。」とか「はしごたん、おはよー。」とか、

「いま、ほうれん草味噌汁を作っているところ」とか、

そんなたわいもないことをしゃべり合う場所。


もちろん、はしごたんのしゃべりたいことをしゃべればいい。


また、はしごたんが聞きたくもないと思っていることを発言し続ける人は、

単に友達リストに登録しなければいいだけ。


140文字以内の短い文章を、細切れに、ぽつぽつ書いていくことで、

友達がそれに反応していろいろ書いてくれる。


情緒不安定な人、鬱病の人もtwitterをやっている。

観察していると、精神によい影響を与えているように見える。


とりあえず、試してみてはどうだろう?


http://twitter.com/

生を実感できるような仕事恋愛 10:35 生を実感できるような仕事と恋愛 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 生を実感できるような仕事と恋愛 - 劇場管理人のコメント 生を実感できるような仕事と恋愛 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

はしごたんは「生きたい」と叫んでいるように、僕は見える。

ぼくは、その姿はとても美しく魅力的だと思うし、だからこそ、人々がはしごたんに集まってくるのだと思う。


つまりこれは、はしごたんの生き方人生の問題であって、単に心理的な問題ではないのだと思う。


だから、医者に行くことはよいことだと思うが、

それだけでは、はしごたんが抱えている問題のごく一部しか解決できないと思った。


そういう意味で、はしごたんが、ブログ恋人募集をしたことは、より問題の核心に近い行為であり、

結果がどうあれ、ぼくはそれを肯定的に受け止めている。


はしごたんが「生きる」には、生を実感するような「恋愛」と「仕事」の二つが必要だと思う。


この二つは、はしごたんだけでなく、多くの人にとってそうそう簡単に得られるものではない。

多くの人は、「生を実感するような恋愛」とも「生を実感するような仕事」とも縁が薄いまま、

年をとり、それらをしだいに諦め、世の中の理不尽さの澱のなかに沈んでいく。


そして、何もないまま年月が過ぎ、

気がつくと、鏡に映ったシミとシワだらけの顔を眺め、やりきれない気持ちになるのだ。

「私の人生は、なにもなかった」と嘆くのだ。


たぶん、はしごたんは、そういう未来を恐怖していて、なんとかして、

「生きよう」としているのではないだろうか。


だからこれは、私を含め、はしごたんの周囲に集まる野次馬たちの多くにとっては、

他人事ではない。

だから、はしごたんの記事には迫力があるのだ。


はしごたんが、「生きる」ためには、現実的に大きな障害がある。

それは、田舎に住んでいて、そこから離れることができないということ。


都会(とくに東京)ならば、恋愛にしろ、仕事にしろ、選択肢がとても多い。


だから、工夫と選択の余地がたくさんあり、

31歳の若さ、それなりの美しさ、あと、

あのくらいの文章が書けるぐらいの知性があれば、

なんとかして未来は切り開いていけるだろうと思う。


しかし、現実には田舎に縛られている。

どのくらい田舎かにもよるが、少なくともそういう苦しい条件の下で、

彼女は「生きかた」を見つけなけりゃならない。


だから、都心の恵まれた環境で暮らす僕が彼女に対して言えることはあまりない。


ただただ、「生きて」ほしいと願うだけだ。

*1:この部分は、一番最初の記事がリリースされ、数十のブックマークがついた時点で、加筆したもの。

2008年01月04日 金曜日

南京事件論争を中学生でも一目で分かるように図解してみた 07:01 南京事件論争を中学生でも一目で分かるように図解してみた - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 南京事件論争を中学生でも一目で分かるように図解してみた - 劇場管理人のコメント 南京事件論争を中学生でも一目で分かるように図解してみた - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

南京事件論争の核心は、

以下の図のオレンジ色の部分で表現された「差分」がどのようなものであるか

という点です。


つまり、どん戦争においても戦争当事者は、

侵略者側か非侵略者側かに関係なくレイプや虐殺をやっているのですが、

中国政府は、そんな「よくある」レイプ・虐殺を非難しているわけじゃないんです。


中国政府は、「南京事件」における、

「他のよくあるレイプ・虐殺とは一線を画す差分」の部分を非難しているわけです。


そして、たとえば、中国政府はこの「差分」が「30万人という桁違いの大量虐殺」であると

主張しているわけです。


ただ、これだけじゃ「差分」の重要性がよく理解できない、という人もいるでしょうから、

このことを分かりやすくするために、

もしこの「差分」がなかったら、それでも「南京事件があった」ということの「立証」は可能か?

ということを考えてみます。


もし差分がなく、「南京事件」という言葉概念もなかったとすると、以下の図のような

状態になります。


この状態ではまだ「南京事件」は「存在」しません。


この状態で、「南京で起こった戦争中によくあるレイプ・虐殺」に「南京事件」という

ベルを貼ります。


すると、以下の図のような状態になります。


この状態で「南京事件があったか、なかったか?」という論争をするとします。


すると、「あった」派は「虐殺・レイプの証拠はたくさんある」と主張し、

実際に証拠をそろえるでしょう。

なにしろ、実際に「レイプ・虐殺」の証拠はあるのですから。

すなわち、「南京事件があった」ということは「立証」可能です。


つまり、「レイプ・虐殺」があったか無かったか?という0か1かを

いくら議論しても南京事件があったか無かったかとは別の話になるわけです。


なんのために、このような

南京事件がなかったとしても、あったことにして、

それを立証することも可能だ」という説明の仕方をしたのかというと、

議論すべきは「差分」の部分である、ということを言うためです。


当然のことながら、「差分」の部分がないのに、

「よくあるレイプ・虐殺」にラベルを貼って南京事件を「立証」することは、

議論で相手をやりこめる、という目的でおこなうのなら「簡単」ですが、

それだけで国際社会を動かすには、桁違いの組織力と膨大な政治工作が必要であり、

「簡単」ではありません。


むしろ、たとえ中国共産党ほどの組織力を持っていてさえ、

長期的にはボロが出てくると思います。


これが、私が「南京事件はあった」=「差分はあった」と考える根拠です。

ただし、その「差分」の具体的な中身がなんであるかは、私は知りません。

ろくに知識のない素人ですから。


それと、現時点での私の意見というか思いこみは、日本政府の公式見解と近い。

「差分はあった。差分の具体的な中身は諸説入り乱れてはっきりしない*1南京事件については日本政府は謝罪の意を表明すべきだ。」

というところかな。*2


ちなみに、この記事は、

「この差分こそが議論の核心なのに、右翼左翼もその部分をちゃんと議論できてないんじゃないのか」

という主旨のものです。

今回の南京事件の議論を整理・分析してみた 14:17 今回の南京事件の議論を整理・分析してみた - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 今回の南京事件の議論を整理・分析してみた - 劇場管理人のコメント 今回の南京事件の議論を整理・分析してみた - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

興味深いのは、ずいぶん時間がたって、ようやく冷静さを取り戻したd:id:Apeman氏が書いた記事だけが、唯一のそれらしき回答だったということ。


それ以外の人は、記事の主旨である「差分」が重要だ、という部分が読み取れず、

それを分かりやすくするための補助説明に過ぎない部分の不備をあげつらって揚げ足をとったり、

とくに論拠を示さずに人格否定コメントをつけることに終始した。


この要因として以下のようなものが考えられる。

(1)劇場管理人の文章が下手くそなので「差分」が重要だと言っているのではなく、その補足説明が

管理人の主張・結論だと誤読された。

(2)読んだ人が冷静さに欠ける人だったので、記事が「差分」の重要性を指摘しているのではなく、

その補足説明が管理人の主張・結論だと誤読して頭に血が上った。

(3)予想外に鋭い指摘をされたので、頭に血が上ってしまい、冷静に議論できなかった。

(4)普段から質の悪い歴史修正主義者と誹謗中傷合戦ばかりを繰り返してきたので、

ちょっとでも自分と異なる意見があると、

議論などせず、揚げ足取りをして相手を貶めることを脊髄反射的にやってしまう。

(5)そもそも「差分」の部分についての知識があやふやなので答えられないのだが、

とにかく感情的に相手を否定したいので、揚げ足とりや人格攻撃をすることにした。


もちろん、(1)が最大の原因だろう。そこについては、謙虚に反省したい。


あと、レッテル貼りが大好きな人たちがいるので、もう一度私のスタンスを明確にしておこう。


私は歴史解釈が最終的にどこに着地するかには、強い興味はない。だから、南京事件の否定派でも肯定派でもない。歴史修正主義者でも反歴史修正主義者でもない。私は単純に、差分の部分が議論の核心だという感想を持っていて、その核心部分を議論せずに、人を非難しているブログ記事が目についたので、自分の疑問を説明しただけだ。つまり、結論に興味があるのではなく、議論のプロセスに興味があっただけだ。

専門家意見に疑問を持つことは許されない 18:27 専門家の意見に疑問を持つことは許されない - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 専門家の意見に疑問を持つことは許されない - 劇場管理人のコメント 専門家の意見に疑問を持つことは許されない - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

hokusyu 2008/01/04 01:28 あたりまえじゃないか。怠惰なバカ野郎がまじめな研究者のやっていることに対して何事かを物申す権利はこれっぽっちも無いし、そうした専門家意見はありがたく聞くべきだよ。つくづくどうしようもないバカ野郎だねえ。

なるほど。そういうスタンスだったのか。

一般人は、ひたすら専門家意見をありがたく聞くだけで、

一般人はその意見に疑問を持つことは許されないし、

自分から何かを発言するなどもっての他ということですね。

3分で読めるまとめになんて意味はない 18:27 3分で読めるまとめになんて意味はない - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 3分で読めるまとめになんて意味はない - 劇場管理人のコメント 3分で読めるまとめになんて意味はない - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20080104/p5

Apeman:「3分で読めるまとめになんて意味はない」ことを示すためにあえて書いた、ってことでよろしく。人は自分が払うコストにみあった情報しか得られない…。

多忙で睡眠不足の内閣総理大臣に薬害エイズについてのブリーフィングを求められた。

→「3分でできるブリーフィングなんて意味はありません。

薬害エイズに関する300ページの文献を読んでください。

人は自分が払うコストにみあった情報しか得られないんです。」


会社経営者システムエグゼクティブ・サマリーを求められた。

→「3分でできる企画説明なんて意味はありません。

取締役の方々は、300ページのシステム仕様書をすべて読んでください。

人は自分が払うコストにみあった情報しか得られないんです。」


お客さんへの商品説明を求められた。

→「3分でできる説明なんか意味はありません。

300ページの商品仕様書を全て読んでください。

人は自分が払うコストにみあった情報しか得られないんです。」



申し訳ありませんでした(南京事件論争における劇場管理人の謝罪文) 20:38 申し訳ありませんでした(南京事件論争における劇場管理人の謝罪文) - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 申し訳ありませんでした(南京事件論争における劇場管理人の謝罪文) - 劇場管理人のコメント 申し訳ありませんでした(南京事件論争における劇場管理人の謝罪文) - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント


南京事件否定論者の10人中9~10人がアホである」という実情を

私が知らなかったために、claw氏とはしげた氏にたいして

「いいがかり」をした形になってしまったことについて、

お詫び申し上げます。

申し訳ありませんでした。


まず、発端はid:claw氏のこの記事

http://d.hatena.ne.jp/claw/20080101#p2

圧倒的に知識量と知力に優れた南京事件肯定論者が、

非常にレベルの低い南京事件否定論者をやりこめている様子が

引用されているのを見ました。


これを見て、私はフェアではない、と思いました。

通常、知識量と知力に優れた論者がレベルの低い論者と論争すれば、

どちらの主張が正しいかに関係なく、

知識量と知力に優れた方が正しいように見えてしまうからです。


そして、その様子を引用してブログ記事にまとめて公開すると、

自分の主張の真偽に関係なく、

自分の主張が正しいという印象を、知識のない読者に与えることができます。

そして、その手法をとる人間が非常に多いことも、経験上よく知っていました。

そして、「このやり方はフェアではない。」と、常々私は感じていました。


また、私は南京事件のことは詳しくは知りませんが、

過去戦争についての本を全く読んでいない、というわけでもなかったし、

中国側にしろ完全に無根拠なことでこれほど長く論争を続けられるとは

思えなかったので、当時の南京において「残虐行為がほぼ皆無」というのは、

どのような角度から事実認識を組み立てても、

かなりムリがある想定だとしか、思えませんでした。


ですから、そんな、とうていあり得ないファンタジーを主張するような、

とびきり頭の悪い否定論者が、否定論者の大多数を占めるなどというのは、

とてもありそうになく、もっとまともな否定論者もいて当たり前だ、

と思いました。


私は、とびきり愚かな中絶反対派の発言が引用されているのを

みたら、「中絶反対派の中のとくに愚かな人を引用しているのだな」と思います。


とびきり愚かな中絶反対派の発言が引用されているのをみて、

「世の中の中絶反対派のほぼ全てがとびきり愚かである可能性」

まで考え出したら、たいていの議論を組み立てるのは、

とても困難になってしまうからです。


ですから、そんなとうていあり得ないような最低レベルの否定論者を

たたきつぶしてみせる様子をまとめたid:claw氏の記事は、

質の悪い印象操作に見えました。


上記のような理由から、記事で

このアンフェアさを分かりやすく説明するため、

「10人のうちいちばんアホな1人を叩く」という印象操作

という表現をしました。


ところが、id:bluefox014氏の以下の記事によれば、

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20080104/p4

南京事件の否定論者は10人中9~10人がアホなので、

10人中でいちばんアホな1人ではない、とのことです。


つまり、南京事件の否定論者にはまともな論者はぼぼ皆無、とのことです。

もちろん、私はことの真偽を確かめるすべがありませんので、

bluefox014氏の言うことを鵜呑みにすることはできませんが、

彼の言うことが実情である可能性があると思い直しました。


また、もう一つの問題として、id:claw氏が引用した議論は、

その議論自体がまるで的外れだと思いました。


なぜなら、私は虐殺・レイプが皆無であるという想定自体に

ムリがある以上、「差分」こそがいちばん重要な核心であると

考えていたから、そこを議論しないで論争もくそもないだろう、

と考えていましたから。


そして、id:claw氏は、あれだけ長々と引用をしておきながら、

その「差分」に関する部分が出てこなかったのです。


ところが、id:bluefox014氏の以下の記事によれば、

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20080104/p4

そもそも、10人中9~10人が最低レベルの否定論者であるため、

「差分」の部分が否定論者との議論で議題になったことがない、

とのことでした。


とうわけで、もし、bluefox014氏のいうことが

否定論者の実情だったとすると、

●10人中もっともアホな1人を引っ張り出している

のは、私の認識不足であり、したがって、

●「差分」についての議論を引用していない

というのは、id:claw氏の手落ちではなかった、ということになります。


もちろん、私は事実を確認のしようがありませんが、

わたしのあの記事の内容は、私が否定論者の実情を知らなかった

ために、結果的に「いいがかり」になってしまった

可能性が高いと考えました。


ですので、これについて、私の非を認め、

id:claw氏とはしげた氏に謝罪致します。


申し訳ありませんでした。

*1:これについては、本を読んだら意見が変わるかもしれない。

*2:いや、とくにこだわりのある意見も主張もあんまりないので、つっこまれたら、あっさり意見を変えるかもしらんですが。

2008年01月03日 木曜日

正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック 07:26 正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック - 劇場管理人のコメント 正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント


追記:図解したバージョンはこちら

元の本文:

=============================

ある正しい意見Aを主張している人が10人いたとする。

その10人のうち、一番的外れな議論をしている1人の意見を採り上げ、

それがいかに的外れであるかを証明してみせることで、

まるで正しい意見Aが間違っているかのような印象を人々に与えることができる。


これは、実社会において間違った意見押し通すときに頻繁に使われるポピュラーなテクニックだ。


この、南京事件「南京厨」への見事な対処法という

記事は、このテクニックを使って、いやらしい印象操作を行っている。*1


私個人としては、南京事件は実際にあったことだと思っている*2ので、

この記事に共感してもいいはずなのに、とても公平な議論のようには見えず、

まるで共感する気にはなれなかったのは、そのためだ。


それがあの記事の根本的な問題であり、多くの問題がここから派生している。


ポイントは、たとえ南京事件がなかったとしても、

南京事件はあった」という議論を展開すること自体は、

それほど難しくない、ということ。中国共産党にとっては、なおさらそうだろう。

そもそも、レイプも虐殺も皆無の戦争なんてほとんどないんだから、

よくある戦争中のレイプや虐殺に「南京事件」というラベル

貼れば、はい、一丁、南京事件のできあがり!なわけです。

この意味で、「歴史的事実」などいくらでも捏造できるし、

それを「立証」することなど簡単だ。


戦争なんだから、虐殺・レイプされた人は必ずいるはずで、だから、ほら、虐殺・レイプされた人はいるでしょ。それが動かぬ証拠でしょ。立証されたでしょ。と言えばいい。


これは、要するに定義の問題。「南京において中国人が虐殺・レイプされた事件」を、南京事件と定義するなら、虐殺・レイプがないわけがないんだから、0か1かでいうと、必ず1になる。すなわち、虐殺・レイプはあった、ということになる。


だから、もちろん、中国側が「南京事件」を問題視しているのは、

南京事件は、戦争中によくある他のレイプや虐殺とは、

一線を画した、悪質な戦争犯罪である」

からであって、

よくあるレイプや虐殺自体を問題にしているからじゃない。


もちろん、虐殺やレイプはどんなものであれすべて悪質だ。しかし、それは次元の違う話だ。


また、大量の虐殺や大量のレイプについても、戦争においては、

どちらの戦争当事国の住民も行っており、

南京事件だけを特別に悪質であるとして取り上げ、

国家レベルで謝罪を求めたり、

アメリカヨーロッパで非難決議を出すほどのことにはならないだろう。


大量虐殺や大量レイプ自体は、中国アメリカを含む多くの国の人々自身も、

いくたびも行っているが、それらの一つ一つについて、

最近まで国家レベルの謝罪が求められ、非難決議が行われているという話は、

少なくとも多くの一般の日本人が耳にするほどアピールされてはいない。*3


たとえば、ベルリンでは凄まじい数の大レイプ大会が起こったが、

それに対して、ロシアアメリカオーストラリアで非難決議が

最近なされ、国家レベルの謝罪が求められたという話は聞かない。*4


満州から引き上げてくる日本人女性レイプされ、虐殺されたこと

についても同様。


また、戦争をしかけた側の民間人レイプされても問題ではなく、

戦争をしかけられた側の民間人レイプされることが問題なのだ、

という話も間違っているだろう。


戦争を仕掛けた側かどうかに関係なく、

大量レイプ大量虐殺をしていい、ということにはならないからだ。


だから、問題は、「とくに特別視されない、他の戦争における無数の虐殺やレイプ」には

存在せず、「南京事件が他の虐殺やレイプとは一線を画す悪質性」なのだ。


この「差分」こそが問題なので、公平な議論をするなら、この「差分」の部分に

焦点をあてて議論するべきだろう。


すなわち、「国家的な謝罪が必要」だと、諸外国において非難決議が

なされるような虐殺やレイプと、そうでない虐殺やレイプとの「差分」の部分だ。


もし、この「差分」の部分がなかったとすると、

南京事件」というのは、

他のよくある戦争中のレイプや虐殺に「○○事件」というラベルを貼っただけの

プロパガンダにすぎないということになってしまう。


これは、マーケティングや広報の人間なら、消費者を洗脳して自社製品を買わせるために、ごく当たり前にしょっちゅう行っているマーケティングテクニックor広報テクニックであり、見慣れたものだろう。


また、当時の国際法云々と言ったところで、

どんな国際法であれ、レイプの正当性など認めるわけがないので、

南京事件だけが特別に国際法違反だ、ということには

ならないだろう。


にもかかわらず、南京事件について議論する右よりの人も、左よりのひとも、

この差分の部分をあまり明確に証明できているようには見えない。


だから、この意味で、南京事件「南京厨」への見事な対処法

における、はしげた氏の議論は、少なくとも私のように知識のない素人から見ると、

本質的に説得力を持たない。


ちなみに、私個人の考えでは、南京事件を特別視せず、

まずは、日清・日露戦争・第一次大戦も含め、

日本人が過去に行った全ての戦争における

「よくある」虐殺・レイプ全てについて、

日本自身が積極的にその事実を認め、各国に謝罪をして

回るべきだと思っている。


そして、その上で、世界中の他の国の全ての戦争中の

「よくある」虐殺・レイプについても、非難し、謝罪を求めて回る

といいだろう。


つまり、「差分」をはっきりさせるのは、

手間と時間のかかりすぎる作業なので、

むしろ、逆に、南京事件を特別視するのを止めて、

自国のものも他国のものも、一緒くたにした

無数の虐殺・レイプを、同列にずらずら並べて

長い長いリストを作って、一緒に扱えばよい、

ということだ。


世界中で、みんなで、飽きるまで何千回でも

ごめんなさいを言い合えばいいのではないかな。


で、話を戻すと、上記以外にも、細かいツッコミどころはたくさんあるが、

いちいちやっていると、長くなってウザイので、とりあえず、

「正しい意見を間違っているかのように印象づけるテクニック」を

使っているという点と、

「肝心な部分を議論していない」という点について、

ツッコミを入れておく。


私が「素人の目から見ても、ツッコミどころ満載」

と言ったのは、そういう意味だ。

http://d.hatena.ne.jp/navecin/20080102/1199270728


少なくとも、専門知識があるというのなら、

上記の「差分」の部分を、素人にもはっきりわかるように、

明確に説明してもらいたい。


それから、「どうせ、専門家以外には分からないのだから、

素人はだまってろ。」的な主張がよくみられるが、

だったら、専門家同士だけで、うちわで話していればいい。


わざわざ、読者のほとんどが素人であるような

ブログ記事に書いておいて、「素人にはわからない。」

というのは、「素人は、オレさま専門家の意見

従えばいいのだ。もしくは、大量の本を読んでから

発言しろ。」とでも言うのだろうか?


だとすれば、日本の政治も、霞ヶ関官僚の専門家の方々に

まかせておけば、いいということなのだろうか?

*1:右側に偏っちゃっている人たちの中にも、もう少しまともな人はいると思うのだが、わざわざいちばんバカそうな「厨」を訂正している人との議論を抜き出して編集し、記事にしている。

*2:あくまで、素人としての印象の話。専門知識があるわけじゃないので、実際の所はどうなのかは知らないし、そんなに時間をかけて知ろうと思うほど興味があるわけじゃない。

*3:もちろん、非難決議されたものも、一部にはあるだろうが

*4:自国の戦争犯罪を告発する動きが完全にないわけではなく、日本、ドイツ、アメリカなどでは一部起こっている。が、全体からすると、ごく一部にとどまるだろう。

2007年02月18日 日曜日

有能なプログラマの特徴を思いつくまま列挙してみる 20:38 有能なプログラマの特徴を思いつくまま列挙してみる - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 有能なプログラマの特徴を思いつくまま列挙してみる - 劇場管理人のコメント 有能なプログラマの特徴を思いつくまま列挙してみる - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

要求自体をシンプル化する

そもそも、ややこしい要求や仕様を実装しようとするから、プログラムが複雑になり、工数が膨らむんです。

だから、実装に手間のかかりそうな要求や仕様が来たら、

「なぜ、そういう要求・仕様が必要とされるのか?」を細部まで細かく聞き出します。

そもそもそういう要求が発生した動機、背景、相手の真の意図・目的まで、具体的に的確に把握します。


すると、要求者の真の意図、最終的な目的を達成するためには、必ずしも、そういうややこしい仕様でなくても良いことが判明することは、非常に多いです。


その場合、相手の真の意図・最終目的を、より効果的に達成でき、しかも、ずっとプログラミングしやすい仕様を代替案として提案します。

すなわち、要求者とプログラマの双方にメリットのある仕様を提案するわけです。


これをするには、もちろん、あらかじめ要求者との間に信頼関係を築いておく必要があることは言うまでもありません。


また、要求者の真の意図・最終目的を把握するには、要求者のドメインの業務知識がある程度必要です。

たとえば、仕様の要求者がWebアプリケーション企画屋だったりマーケターだったりするなら、企画マーケティングにおいて大切なことをある程度はプログラマも理解しておく必要があります。


たとえば、企画屋が気にしているのは、どのようにユーザリーチするか、どのようにユーザ訴求力を出すか、どのようにユーザに逃げられないようにするか、今後どのようにサービス展開を図るか、などなどです。


メタレベルプログラミング

C#なら、属性とReflectionを組み合わせたメタレベルプログラミングをする。

CLOSで言うところのメタオブジェクトプロトコルを使ったプログラミング


DSLオンデマンド自作する

たとえば、ブラウザ自動制御するための記述C#でやると、どうしても煩雑になりすぎる。

それ専用の言語を作ってしまった方がよい。

昔はYaccLexを使っていたし、それに相当するC#用のレキシカルアナライザジェネレータやパーサジェネレータもあるけど、基本的な戦略としては、正規表現を上手く使えば、簡易言語インタープリタぐらいは作れる。

複雑な処理が必要な部分は、簡易言語からC#のルーチンを呼び出して委譲できるような言語仕様にする。


デザインパターン

クラスの組み立て方のパターン集は一通り頭に入れておく。


英語

参考書は基本的に英語で読む。

なぜかというと、Googleで得られる有用なプログラミング情報は、英語の方が充実しているから。

情報収集は、deliciousで得られる英語情報も。

英会話スクールにも通う


処理系ライブラリの動作原理の精密な理解

処理系ユーザとして使うだけじゃなく、自分でその処理系を作るとしたら、どう実装するか、と考えながら処理系を使う。


ライブラリに関する知識

.NETライブラリネットに落ちている各種ライブラリCPANなどのライブラリに対する幅広い知識。


基本的なコンピュータサイエンスの知識

宣言的記述と手続き的記述の違いを理解する。

トランザクションロールバック、正規化、外部結合、などなど、RDBの基本

言語理論

プロダクションシステム、前向き推論、後ろ向き推論、フレーム、などの人工知能系の概念


セキュリティ技術の基本

PKIの動作原理とか。

SSLが非対称鍵をどう使って共通鍵をシェアしているか、などの原理は理解しておく。


プロトコルの詳細

TCP/IPの動作原理の詳細

必要に応じてUDPも使えるように

HTTPSMTP、などのプロトコルの理解。


異質なプログラミングパラダイムを理解しておく

HaskellPrologなどは一通り原理を頭に入れておく。


汎用のキーカスタマイズツール

開発環境のキーカスタマイズは使わない。

汎用のキーカスタマイズツールなら、一カ所の定義で、全てのアプリケーションにおけるテキスト編集の操作が統一的に変更できる。


開発環境の具体的な機能の理解と使いこなし

選択領域をまとめてコメントアウトなど

とくに、関数の呼び出しもとや定義もとへのジャンプ機能などは、マウスから呼び出すようではだめ。

ホームポジションに近い位置のキーに割り当てておく。


開発環境マクロ言語

VisualBasicVisualStudioに必要な機能をどんどん追加

たとえば、実行時エラースタックダンプの文字列を解析して、

対応ファイルエラージャンプするマクロなど。


開発環境正規表現

プログラミング言語正規表現だけでなく、たとえばVisualStudioの検索置換用の正規表現をきちんと使いこなす。


スクリプト言語

PerlRuby、VBScriptなどの雑用処理言語を使いこなす。


プログラミングに飽きて、プログラマを辞めたくなったときの準備をしておく




有能なプログラマと無能なプログラマでは、ライブラリ処理系の理解がどのように違うのか 19:09 有能なプログラマと無能なプログラマでは、ライブラリや処理系の理解がどのように違うのか - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 有能なプログラマと無能なプログラマでは、ライブラリや処理系の理解がどのように違うのか - 劇場管理人のコメント 有能なプログラマと無能なプログラマでは、ライブラリや処理系の理解がどのように違うのか - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント


有能なプログラマと無能なプログラマの判定をするリトマス試験紙はいろいろありますが、たとえば「C#コンパイルを通らないAnonymous Method」は、その一つです。


C#には、delegateという機能があって、メソッドにメソッドを引数として渡すことが出来ます。

C言語における関数へのポインタみたいなやつですね。

ただ、このとき、いちいちメソッドを書いてからそのメソッドを渡すのがめんどくさいので、メソッドの代わりにコードブロック(メソッドの中身のプログラムコードそのもの)を直接渡す機能がC#2.0から使えるようになりました。

これが、Anonymous Methodという機能です。


この機能を使えば、たとえば、次のように、コードブロックをメソッドに渡すだけで、そのコードブロックを別スレッドで実行するようなことができます。

y.th(delegate { コードブロック });

しかし、この機能を使うと、コンパイルに通らないケースがあります。

たとえば、次のコードはメソッドをGUIオブジェクトに渡して、GUIスレッドでメソッドを実行するメソッドの呼び出しですが、これはコンパイルを通りません。

win.Invoke(delegate { コードブロック });

有能なプログラマは、後者コンパイルエラーになる理由をすぐに理解し、対処法もすぐに思いつき、あっという間に仕事を片づけますが、無能なプログラマは、どう対処していいか分からず、うじうじ悩んだあげく、結局、Invokeのときだけコードブロックを使うのを諦めて、わざわざ別にメソッドを書いて渡したりします。*1


これは、コンパイラ言語処理系の動作原理の理解度の差から来ています。


Anonymous Methodは、見かけ上はコードブロッククロージャのように使えますが、その実装は、その名の通り、ラムダでもコードブロックでもありません。

コンパイラがプリプロセス処理をして、コードブロックをメソッドに変換し、そのメソッドをDelegateオブジェクトでラップしてInvoke()に渡しているだけです。


もちろん、このことは、Anonymous Methodを使っている大部分C#プログラマは理解しているでしょう。

にもかかわらず、なぜ先ほどのコードコンパイルエラーになるのか、ダメプログラマは悩んでしまうのです。


これは、コンパイラの動作原理の理解の浅さから来ています。


コンパイラは、コードブロック内部的にメソッドに変換した後、それをDelegateオブジェクトでラップするようなコードに変換しますが、このとき生成されるDelegateオブジェクトは、あくまで、Delegateクラスサブクラスインスタンスであって、Delegateクラスの直接のインスタンスではありません。

コンパイラは、ソースコードを解析して、渡されたコードブロックシグニチャコードブロックが渡されるメソッドの引数の型を解析し、適切なシグニチャのメソッドを生成し、適切なDelegateサブクラスインスタンスでそのメソッドをラップします。


そして、th()メソッドのシグニチャは以下のようになっています。

public static void th(ThreadStart thread_start);

このため、コンパイラコードブロックを、ThreadStartデリゲートオブジェクトシグニチャに合うようなメソッドに変換し、それをThreadStartオブジェクトでラップしてから、thメソッドに渡すようなコードに変換します。


一方で、Invokeメソッドのシグニチャは以下のようになっています。

public Object Invoke (Delegate method);

Invoke()メソッドには、Delegateクラスサブクラスインスタンスを渡せば、実行できるようになっていることがわかります。

しかし、Invokeにコードブロックを渡すように記述した場合、コンパイラは、「どのDelegateサブクラスでラップできるようなメソッドを生成し、ラップしていいのか」の判断がつきません。

また、Delegateクラスにはパブリックコンストラクタがありませんから、Delegateクラスインスタンスでラップするようなコードに展開するわけにもいかないのです。


だから、コンパイルを通らなくて当たり前なのです。


そして、もし、Invoke()メソッドの呼び出しのさいに、コードブロック渡しを使いたければ、次のようにしてやればよいことが分かります。

public delegate void VoidDelegate();
public static void Invoke(VoidDelegate d) {win.Invoke(d);}

こうすれば、コンパイラは、どのDelegateサブクラスに合わせてコード変換してやればよいかの判断がつきます。

もちろん、この対処法をとるかどうかは、ケースバイケースですが、できるプログラマは、この対処法をとるかどうかの判断が、即座につくわけです。


結局、これはコンパイラの動作原理の理解と言うより、心構えの問題だったりします。

ダメプログラマというのは、ようはジコチュウなのです。

ダメプログラマは、自分がコンパイラ言語処理系を実装する人の気持ちになって考えるようなことをしません。


有能なプログラマは、「自分がコンパイラ開発者だったら、このコードをどのように変換するようにコンパイラ言語処理系を実装するだろうか?」と考えます。

そして、具体的にソースコードをどのように変換してやるのか、その具体的なプロセスを思い浮かべます。

そうすれば、この程度のことでいちいち悩んだりしないわけです。


実は、これは、コンパイラだけの話じゃありません。

有能なプログラマは、自分の書いたプログラムが使用しているAPIライブラリVM、ツール、データベースWebサーバ、開発環境、などなど、関連するソフトウェアモジュールの動作原理のイメージをしっかり持っています。


たとえば、正規表現を使うにしても、正規表現がどのような動作原理で文字列とマッチするのか、その動作原理をしっかり把握しています。

それによって、正規表現が、予想外の文字列にマッチして、トラブルを引き起こすことを回避するような微妙な書き方をします。

しかし、ダメプログラマは、正規表現の動作原理の理解が曖昧であるために、例外的なケースで予想外の文字列にマッチしてしまい、トラブルを引き起こすような正規表現を平気で書きます。恐ろしく無神経です。


結局のところ、単なるユーザとして、APIライブラリデータベースWebサーバRoRVisualStudioEmacsを使っていてはダメなのです。お客さん意識じゃダメなのです。

「自分が、それらのライブラリ処理系自体をどう実装するのか」という当事者視点で、その具体的な実装方式をリアルイメージ出来ないと、結局、堅牢なプログラムを高い生産性で作成することはできないのです。


なので、有能なプログラマは、読む参考書も、当然、処理系の動作原理にまで踏み込んだ本を読みます。

たとえば、WindowsC#プログラミングをする場合、以下のような本です。

CLR via C#, Second Edition (Pro Developer)

CLR via C#, Second Edition (Pro Developer)

詳説 正規表現 第2版

詳説 正規表現 第2版

Expert .NET 2.0 IL Assembler

Expert .NET 2.0 IL Assembler


また、単に本を読むだけでだめで、処理系の動作原理を理解したら、自分でその動作原理の細部を検証するための検証プログラムを色々書いて、動作の詳細やパフォーマンスをよく調べます。


たとえば、パフォーマンスが問題になるのだったら、パフォーマンスが問題になるような部分だけ、C++で書いたらどれくらい速くなるのか、C#C++で同じベンチマークプログラムを書いて、性能測定してみます。


また、オブジェクトを=やEqualsで比較したときに、具体的にどのような比較演算が行われるのか、精密に把握しておきます。それをやっておくとおかないとでは、プログラムの信頼性も、プログラミングの能率も、大きく異なります。

*1:もちろん、有能なプログラマ結果的に同様のことをすることがあるが、彼らが違うのは、彼らは、動作原理を理解した上で、事情を考えてから、それを行う

2007年02月17日 土曜日

劇場へのトラックバック運用ルール 07:42 劇場へのトラックバック運用ルール - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 劇場へのトラックバック運用ルール - 劇場管理人のコメント 劇場へのトラックバック運用ルール - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント


劇場へのトラックバックは非常に多いため、みなさんがせっかくトラックバックを送ってくださっても、ごく短時間のうちに他のトラックバック押し流されて、劇場のトップ画面には表示されない状態になってしまっています。


とくに、せっかく興味深いトラックバックを送ってくださったものがすぐに消えてしまうのは、非常に残念です。


このため、短期間のうちに、内容の薄い記事のトラックバックを大量に送り、他の有用なトラックバックの表示を阻害していると判断されたidは、トラックバック拒否させていただいております。


これは、最近決めたことではなく、昔からずっとそういう運用ルールです。


もちろん、短期間のうちに、大量にトラックバックを送ること自体は、問題ありません。

とくに、404 Blog Not Foundのように、どの記事もそれなりに読んでなるほどと思わせるような物であれば、異論、反論、がんがん集中豪雨トラックバックを送ってくださって結構です。むしろ大歓迎です。


また、この運用ルールは、あくまで一部の頭がいっちゃってる人用のものなので、普通の方は、それほど神経質になる必要はございません。

ちょっとトラックバック飛ばしすぎでスパムみたいかな、と思っても、まず引っかかることはありません。普通の方は、気にせず、どんどんトラックバックを送ってくださっても大丈夫です。


実際、この劇場の1年ちょっとの歴史の中で、この運用ルールに引っかかった方は、たった5名です。数千名からのトラックバックをいただいていますから、確率としては0.1%ぐらいでしょう。

ついついトラックバックを飛ばしたくなるような極論を上映するというこの劇場の性質や、いままでに飛ばされた膨大な数のトラックバックの量を考えれば、これがいかに希なケースであるかは、よくわかると思います。


よろしくお願いいたします。

2007年02月16日 金曜日

今回の生産性論争の結末 17:51 今回の生産性論争の結末 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 今回の生産性論争の結末 - 劇場管理人のコメント 今回の生産性論争の結末 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

池田氏

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b697e23a80b6602167c2f5e43ebad041

追記2:昨日の記事では、山形氏は反論もできず、「分裂勘違い君劇場」に助けを求めているが、この話は彼が強調した「絶対的な(個別の)生産性「ではなく」平均的な生産性で賃金が決まる」ことなんて証明してない。平均生産性だけで賃金が決まるのなら、プログラマウェイトレスの賃金の差は何で決まるのかね。

もちろん、池田氏の言うとおり、あの劇場の記事は、「絶対的な(個別の)生産性「ではなく」平均的な生産性で賃金が決まる」なんてことの説明じゃないですよ。

「平均的な生産性が、賃金を決める重要な要因の一つだ。」という説明に過ぎないです。

でもですねー、山形氏の最初の記事を良く読めば、「絶対的な(個別の)生産性「ではなく」平均的な生産性で賃金が決まる」なんて主張ではないですよ。

結局、今回の件で意見が対立してた人って、一人もいない。全員の主張はほぼ同じ。単に池田氏山形氏をdisって、それに弾氏と劇場が便乗してお祭り騒ぎにしただけだったというオチに。

最初の池田氏disりがなきゃ、なにも起こらなかったのに。

そういう意味では、今回の池田氏は、炎上芸人みたいなもんじゃないですか?


限界生産性の定義自体は、前から知ってたけど、こういう風に深く考えたことなかったよ。 17:31 限界生産性の定義自体は、前から知ってたけど、こういう風に深く考えたことなかったよ。 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 限界生産性の定義自体は、前から知ってたけど、こういう風に深く考えたことなかったよ。 - 劇場管理人のコメント 限界生産性の定義自体は、前から知ってたけど、こういう風に深く考えたことなかったよ。 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

だから、限界生産性について、甘く考えてた。


要するに、プログラミング言語の文法とAPIを知っていても、ちゃんとしたプログラムが書けるわけじゃないってことだ。


今回の件は、とても勉強になった。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b697e23a80b6602167c2f5e43ebad041

Unknown (元数学者MBA)

2007-02-16 14:09:41

横並びが正しいと、アメリカMBAレベル経済学でも教えてますけど。

産業1と産業2があり、産業1に労働力L1を投入した場合の生産をP1(L1)、産業2に労働力L2を投入した場合の生産をP2(L2)とする。そして「労働力の総和は一定L1+L2=L」と仮定する。ここで、P1+P2を最大にするには?

と問題を定式化する。「労働力の総和は一定」という条件がミソ。

ラグランジュの未定係数法により、

dP1/dL1=λdL1/dL1=λ

dP2/dL2=λdL2/dL2=λ

L1+L2=L

という3式を同時に満たすところで最大値が実現する訳だが、

dP1/dL1=dP2/dL2=λ

ほら、生産関数関係なく限界生産性はどの産業も同じになったでしょう。だから限界生産性で賃金がきまるのなら、「どの産業も賃金は同じにならないといけない」という結論が正しい。(分裂勘違い君と同じですね。)

一般人の経済学の理解が低いことを嘆かれていますが、経済学を教える側が経済学を理解していないことが原因なのでしょう。


今回の生産性論争をした人たちの裏側の動機 11:53 今回の生産性論争をした人たちの裏側の動機 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 今回の生産性論争をした人たちの裏側の動機 - 劇場管理人のコメント 今回の生産性論争をした人たちの裏側の動機 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント


http://kiri.jblog.org/archives/001248.html#204

山形が『コモンズ』の訳者あとがき池田レッシグ解釈を批判。これを受けて

池田Webで公開質問状と称して反論&非公開MLでのエピソードを持ち出して

山形私怨で自分を批判していると批判。それに対して山形Webで反論。その後

私信で『コモンズ』のあとがきについては訂正することで手打ちに。手打ち後も

論文を意図的にWebに残している事について池田クレームをつけるが山形

スルー。今でも残っている。2002年末の話。

http://web.archive.org/web/20030212050712/www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/yamagata.html

http://cruel.org/candybox/ikedareply.html

http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/yamagata.html

その後ネット上のアンチ池田勢力の背後に山形存在妄想した池田チョムスキー

絡みで山形を叩いたが見当違いなのに気付いて方向転換。それを見た山形は哀悼の

意を表明。2003年春頃の話。

http://ruitomo.com/~hiroo/bbs/kohobu0046.html#kohobu20030530221657

2007年02月15日 木曜日

一般人向けに「平均生産性」で説明すると、具体的にどういう実害があるのか、よく分からない。 15:41 一般人向けに「平均生産性」で説明すると、具体的にどういう実害があるのか、よく分からない。 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 一般人向けに「平均生産性」で説明すると、具体的にどういう実害があるのか、よく分からない。 - 劇場管理人のコメント 一般人向けに「平均生産性」で説明すると、具体的にどういう実害があるのか、よく分からない。 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b8b2dd3502ef769c7f5baf18143f53e1

「平均生産性で決まる」など表現したのが間違いのもとです。そういう合理的な決定メカニズム存在しない。ウェイトレスの時給は、ハイテク産業から「補填」されてるんだ、とでもいえばわかりやすかったのです。しかも、このプレミアムは本来の生産性から乖離しているから、国内でも競争が激しくなると剥げ落ちるわけです。


そもそも、わたしには、山形氏の言う「平均生産性」という言葉の定義自体よく分からないしするつもりもないんですが、そんなことは少しも問題ではなくって。

問題は、山形氏が一般人向けに「平均生産性で決まる」という表現をすると、具体的にどのような実害が一般人に及ぼされるのか、というところですよね。

山形氏がどういう定義で「平均生産性」という言葉を使おうが、彼の記事を読んだ一般人が「平均生産性」という言葉をどのような意味言葉だと理解しようが、それは、具体的な実害につながらない限り、どうでもいいことですよね。

一般人向けに、「ウェイトレスの時給は、ハイテク産業から「補填」されてるんだ」という表現をした場合と比べて、一般人の世界観や具体的な行動に、どの程度の大きさの実害をもたらすのか、その差異って、具体的になんなんですか?

「このプレミアムは本来の生産性から乖離しているから、国内でも競争が激しくなると剥げ落ちるわけです。」

とのつながりの説明のときも、

「平均生産性で決まっている部分があるのだけど、その部分はゲタを履かせられているに過ぎなかいのだから、云々」

という説明すれば、結局「補填」による説明と、「一般人にとっては」大差ないような気もします。

その一般人向けに説明を行った場合の実害の具体的な差異をきちんと説明せずに、

「平均生産性で決まる、などと一般人向けに説明してはいけない」

というのもどうかと。


。。。と書いたら、こんな返事をいただきました。

しつこいね (池田信夫)

2007-02-15 15:51:32

私がいつ「実害が一般人に及ぼされる」と書いたのですか。書いてもいないことを批判してもしょうがないでしょ。

君のように無知な(世の中に何の影響力もない)素人が、山形の話を鵜呑みにして勘違いしても、別に何の実害もないと思いますよ。ナンセンスな記事を繰り返し書いたら、恥をかくのは自分です。それだけのこと。

なるほど。

よかったよかった。

ということは、ボクは何を書いても、問題ない、ということか。

そこだけ担保できれば、他は何も言うことはないですね。

2007年02月11日 日曜日

「生産性の向上」は、自由時間を生み出すための「必要条件」であって「十分条件」ではない 05:22 「生産性の向上」は、自由時間を生み出すための「必要条件」であって「十分条件」ではない - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 「生産性の向上」は、自由時間を生み出すための「必要条件」であって「十分条件」ではない - 劇場管理人のコメント 「生産性の向上」は、自由時間を生み出すための「必要条件」であって「十分条件」ではない - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント

「生産性を向上しても、人々の生活は豊かにはならない」という勘違いがまん延しているので、それについて一言。


http://d.hatena.ne.jp/yuyu99/20070210/p1

> ただ違うのは、「生産性の向上が余暇を生み出す」という認識なのです。事実、近代社会は、生産性の向上によって余暇を増やすことはできませんでした。僕は、この点のみ批判しているのです。


たとえば次の記事で、「週休4日制云々」とか「長く働いたら負けの文化を作るべきだ」のくだりがありますよね。

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061231/1167563326

また、以下の記事では、全世界的な労働者連合の圧力団体を作ってはじめて労働条件を改善できるという話がある。

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061229/1167383226

http://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20070210/1171115221これらは、要するに、何を言っているかというと、

「生産性の向上は、自由時間を生み出すための必要条件」であって

「生産性の向上は、自由時間を生み出すための十分条件」ではないので、

生産性が向上したら、その生産性向上の成果を自由時間創出に転換するための、社会制度的、文化的、世界組織的な工夫が必要である、ということなんですよ。

つまり、生産性が向上すれば、それだけで、自動的に自由時間が生み出されるわけじゃないので、社会制度と文化システムと世界構造にこんな感じの工夫が必要になってくるんだよ、ってことです。

「生産性の向上が(自動的に)余暇を生み出す」などということは、どこにも書いてないし、それどころか、その安直な考えを批判しているわけですよ。

困ったことに、同様の誤解をする人は、非常に多いので、本館の記事の方にも、あちこち追記しておきますよ。

2007年02月10日 土曜日

日本が人々が将来の不安なく暮らせる国家を作れない、世界構造的な理由 22:47 日本が人々が将来の不安なく暮らせる国家を作れない、世界構造的な理由 - 劇場管理人のコメント を含むブックマーク はてなブックマーク - 日本が人々が将来の不安なく暮らせる国家を作れない、世界構造的な理由 - 劇場管理人のコメント 日本が人々が将来の不安なく暮らせる国家を作れない、世界構造的な理由 - 劇場管理人のコメント のブックマークコメント



たとえば、日本政府が人々の将来の生活を完全に保障したとします。

過酷な長時間労働をしなくても、自分の将来が脅かされるようなことはない。

失業しても、年を取って動けなくなっても、すべて国が面倒見てくれる。

子供をいくら産んでも負担にならないし、良質な教育もすべて国が提供してくれる。


学校では、この記事で言うように、

(1)人々が欲しがるもので、

(2)まだあまり供給されないものを、

(3)より少ないコスト

供給する人間になるように、生徒を教育する。

つまり、この記事で言うように、価値の分配ゲームで自分だけズルして得をしようとする人ではなく、価値の創造を目指す人間を育成するわけです。


会社でも、快適な職場環境と短い労働時間で(1)~(3)を徹底追求する。

そのためのインセンティブとして、人々には名誉と面白いポジションと贅沢な生活を送れる報酬が与えられる。

これによって、企業は(1)~(3)をして商品やサービス社会に提供する。

また、公正取引委員会の権限と人員をぐっと増強し、不毛な独占で利益を得ようとする企業をどんどん不利にし、価値創造で利益を得る企業が優遇されるように社会を作り替えていきます。*1


そして、この記事で言うように、(1)~(3)がどんどん進むと、(1)と(2)はだんだん飽和ぎみになってくる。よりニッチな市場まで掘り起こさなければならないので、効率が悪くなってくる。より独創的なものを生み出さなきゃならないので、試行錯誤が多くなり、投資の失敗も多くなる。

また(3)が進むと、この記事で言うように、必要な人員が減り、労働時間がどんどん短くなっていく。

失業者も増える。


失業者は生活が保障されているから、自由な毎日を楽しめる。

多様な遊び方が生まれ、それによってまた(1)人々の欲しがるものが生まれる。

そして、(1)~(3)を満たすための労働が必要とされ、その繰り返して社会が発展し、人々の暮らしがどんどん豊かになっていく。

つまり、みんなで生産性を徹底追求することで、みんなが豊かになっていきます。


このような社会システムを維持するため、日本政府は企業や金持ちからたくさん税金を徴収する。


しかし、今の日本社会は実際にはこうなっていません。

それは、日本外国から資源を輸入しているからです。


外国から資源を輸入するには、外国に何かを売らなくてはなりません。

つまり、外国に対して(1)~(3)をやる必要があるわけです。

しかし、(1)~(3)は、世界中でやっています。

しかも世界の中には、過酷な労働をし、弱者を切り捨てることで効率を上げて、(1)~(3)をやっている国々があります。

そして、日本が、余裕ぶっこいて、快適な労働環境と短い労働時間で、弱者を守りながら(1)~(3)を提供したときに、(1)~(3)の競争で、海外の企業や労働者に勝てそうにない。


そして、競争に勝てなければ、モノやサービス外国に売ることができず、そうすると、輸入できる資源の量がどんどん少なくなって、生活がどんどん貧しくなって、政府は人々の生活を保障する余裕がなくなる。


もちろん、これを解決する方法はあります。

全ての国が、全ての国民の生活を完全に保障した上で、(1)~(3)の競争をすればいいわけです。

そうすれば、国民の生活を保障したからといって、(1)~(3)の競争で不利になって、資源を輸入できなくなるようなことはない。


このとき、発展途上国先進国も同じレベルで全国民の生活を保障しなければ、とくに(3)のコスト競争について、公平な競争はできません。

しかし、発展途上国は、先進国と同じレベルで全国民の生活を保障できるはずもありません。

なので、全ての国が、全ての国民の生活を保障するという前提は崩れます。

つまり、全国民の生活を保障した国は、世界レベルの資源獲得競争に敗れ、社会が貧しくなっていきます。

なので、日本政府は、全国民の生活を保障するようなことはできないわけです。


それでは、もし、全ての発展途上国先進国と同じぐらい豊かになってとしたら、上手くいくのでしょうか?

世界中ほとんどの国が先進国であるような世界です。


しかし、それでも、条件は成立しません。

なぜなら、たとえ先進国であっても、自国民の生活を保障せず、過酷な労働を強いるような国の方が、国際的な生存に有利だからです。

つまり、自国民の生活を十分に保障するような国は、淘汰されてしまうのです。


なにより決定的なのは、資源を牛耳っている国々は、資源を高く売りつけ、世界中労働力を安く買い叩こうとしますから、たとえ世界中の国が全国民の生活を保障しようとしても、資源保有国が資源の値段をどんどんつり上げていく限り、資源保有国以外の国の人の生活はどんどん貧しくなっていくでしょう。


結局、これらを「完全に」解決するには、この惑星を完全に一つの国にしてしまうしかありません。

世界政府を作り、世界議会、世界大統領を選出し、世界官僚を雇い、世界政府税を徴収し、世界法を執行するわけです。

もちろん、資源を保有したり売ったりする企業には高率な税金がかかるようにし、単に資源を独占することで不当なほどの利益を得られることはないようにします。

そうすれば、世界中の人の生活を保障し、みんなで快適に生産性向上につとめるような社会が作れます。


しかし、現実には、そんな状態はまず成立しません。

それに、世界政府など作ったら、腐敗が酷くて、目も当てられなくなる可能性があります。何しろ、競争相手がいないので、それこそ究極の独占組織体ですから。


ので、当面の社会は、「完全な解決」などではなく、もっと現実的なところに落ち着けるしかありません。


まず、どの国家も、資源の独占に対しては、アメリカのように技術や知財やブランドを独占することで、対抗します。


そして、ちゃんと人々に喜ばれる仕事をやる人がバカをみない社会にしていくことはできるでしょう。

すなわち、ちゃんと(1)~(3)をやる人が報われる社会です。

これは、裏を返せば、(1)~(3)のような価値創造をやらずに、価値の分配ゲームで上手く立ち回って、参入障壁を築き、独占することでオイシイ思いをしようとすることが、どんどん割に合わなくなるような制度的工夫を積み重ね、より卑怯が割に合わない社会システムを作っていく、ということです。

もちろん、この記事のような問題もあるので、全ての独占を完全に排除できるわけじゃないですが、出来ることはたくさんあります。

そもそも、人々が、価値の分配ゲームばかりすると、社会全体の生産性が落ち、世界情勢的に生き残れないので、いずれにしても、そっちの方向へ進むわけですね。


一方で、現在の世界情勢から、必然的に、(1)~(3)のような生産性向上をしない人の将来を保障するほどの余裕はありません。


結局、我々日本人が作りうる最良の社会というのは、卑怯な手段で自分の取り分を増やそうと立ち回る、醜悪な価値分配ゲームに力を注ぐ人を排除し、きちんと(1)~(3)の価値創造をする人が報われるような社会であって、いわゆるベーシックインカム構想のように、無条件に人々の生活を保障するような福祉社会は、世界情勢的に、非現実的なのです。


平たく言うと、正直者がバカをみない社会は作れるけど、働かざる者食うべからずの掟は残る、ということですね。

*1:価値については、いくつもの考え方があります。需給バランスに関係なく、同じリンゴ一個の価値は変わらない、という考え方もあれば、リンゴが供給過剰なときはリンゴの価値は下がるという考え方もあります。人々がリンゴを価値あるモノだと考えればリンゴの価値が上がるという考え方もあります。そして、生産性の定義とは、単位時間あたりに生産する価値の量です。ここで言う価値とは、需給バランスと人々の主観によって変動する価値です。